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広島高等裁判所 昭和57年(ネ)309号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し金八〇万円及びこれに対する昭和五一年七月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金八〇万円及びこれに対する昭和五一年七月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  主張

1  控訴人

(一) 昭和五一年二月二三日に開催された控訴人のいわゆる取締役の権利義務を有する者の会議により、本件賃貸借契約の解約が決議され、同年六月一日に貸主である被控訴人と借主である控訴人を代表する佃勇との間で本件賃貸借契約の合意解約が行われ、更にまもなく賃貸借物件の明渡も完了している。

右の決議が有効である以上、この決議に基づき対外的にその内容を実行した右佃が取締役の権利義務を有しながら代表権を有しないとの理由のみで本件賃貸借契約の合意解約を無効とすることは不当である。

また、右のような事実関係に照らせば控訴人が右合意解約の無効を主張することは信義則上許されない。

(二) 控訴人においては、瑕疵を問題とされた昭和五〇年五月三一日の株主総会以降、昭和五二年六月一九日、同年七月二四日、昭和五四年六月三日、昭和五六年五月三一日と株主総会を適法に開催してきているものであるところ、この瑕疵のない株主総会で選任された役員が、本件賃貸借解約を当然の事実として承認している以上、右解約の無効はもはや問題とすべきでない。

のみならず、控訴人は昭和五八年三月一九日開催の取締役会において、本件賃貸借契約の解約に関する佃勇の行為を追認する旨決議し、本訴控訴審第三回口頭弁論期日(昭和五八年三月二二日)に控訴人に対しその旨を通知した。

よつて、いずれにしても本件賃貸借契約合意解約は有効である。

2  被控訴人

控訴人の主張はいずれも争う。

二  証拠(省略)

理由

第一  本案前の主張(本訴における控訴人の代表者)について

一  いずれも成立に争いのない甲第四号証、第九ないし一三号証、第二〇号証、第二二号証、乙第二号証、第四号証、原審における控訴人代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第五号証、第六号証の一、二、第一四ないし一九号証(官署作成部分の成立については争いがない。)、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果、原審における被控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認めることができる。

1  控訴人は、一般乗用旅客自動車運送事業を目的とし、昭和四七年二月三日に設立された株式会社であるところ、代表取締役に被控訴人、取締役に佃勇、河江保、佃良二、小川勝己、佃政弘、監査役に佐伯成がそれぞれ就任し、昭和五〇年六月四日事業免許を受け、被控訴人、佃勇、小川勝己が中心となつて開業準備に当つていた。

2  昭和五〇年七月一日、被控訴人、佃勇、小川勝己及び佐伯成は福山市引野町五丁目四七番地の土地(以下本件土地という。)に所在する本店で会合し、佃勇の提案により、四人において話合の上、同年五月三一日付けで株主総会を開催したこととし、その総会で前記役員がいずれも重任する旨の役員選任決議及び定款変更決議(本店の所在地を変更し、更に旧規定では取締役会の招集権者を原則として代表取締役としていたのを「取締役会は、その定めるところによりこれを招集する。」と変更すること等を内容とする。)がなされたこととすることに決し、そのころ同趣旨の内容の株主総会議事録が作成され、同年七月八日その旨の登記を了した。

3  同年八月一一日、佃勇は控訴人の取締役として「取締役員構成の件」につき協議するとして取締役会を招集し、佃勇、小川勝己、佃良二及び佃政弘が出席の上、被控訴人は会社の信用を失墜させ、社会的信頼関係を失墜させたとして、代表取締役の職を解任し、佃勇を新たに代表取締役に選任する旨決議し、同日その旨の登記を了した。

4  佃勇は控訴人の代表取締役として、昭和五二年六月一九日株主総会を開催し、その席上取締役に佃勇、小川勝己、佃良二、佃政弘、被控訴人及び河江保を、監査役に佐伯成をそれぞれ選任する旨の役員選任決議がなされたが、被控訴人及び河江保が右就職を断つたため、同人らは同日退任したものとし、同年七月二四日更に株主総会を開催し、取締役として従来監査役であつた(同月一日辞任)佐伯成を、監査役として小川太一をそれぞれ選任する旨の役員選任決議をし、更にその頃佃勇が代表取締役に選任され、同年八月三〇日以上の各登記を了した。

佃勇ほかの前記の者は昭和五四年六月三日開催の株主総会において重任され(その頃、代表取締役として佃勇が重任した。)、同年六月七日その旨の登記を了したものであるところ、昭和五六年五月三一日開催の株主総会で更に重任され、佃勇もその頃代表取締役に重任し、同年六月九日その旨の登記を了した。

5  昭和五六年五月三一日開催の株主総会は、佃勇が代表取締役として招集したものであつたが、一〇名の株主(佃勇、小川勝己、佐伯成、佃良二、佃政弘、藤代昭二、被控訴人、河江保、中川正文、金平文爾)が委任状による代理人の出席も含めて全員出席し(委任状による代理出席は、右河江、金平、中川、藤代等であり、被控訴人は自から出席していた。)、前記の役員選任決議が成立したものである(なお、前記昭和五二年六月一九日、同年七月二四日、昭和五四年六月三日各開催の株主総会においては、株主全員が出席したとの証拠はない。)。

以上のとおり認めることができ、これに反する証拠はない。

二  右認定の事実によると、昭和五〇年五月三一日の株主総会は現実には開催されていないものであるから、その際なされたとされる前記役員選任決議及び定款変更決議はいずれも不存在というべきである。したがつて同年八月一一日に開催されたとする取締役会は右のとおり役員選任決議が不存在である以上右選任にかかる役員によつて開催されたものということはできない。もつとも、商法二五八条一項により、前示設立時の取締役六名はその任期終了による退任後も取締役としての権利義務を有することとなる関係上、この取締役会なるものは、右の取締役としての権利義務を有する者の会議としての意義を有するというべきである。しかし、それにしても右取締役会は招集権限のない佃勇により招集され、しかも右権利義務を有する者の一部のみしか出席しない点において手続上の瑕疵があるといわざるを得ない。したがつてそこでなされた被控訴人を代表取締役から解任する旨の決議及び佃勇を代表取締役に選任する旨の決議はいずれも無効というべきである。

そして、前記昭和五二年六月一九日、同年七月二四日及び昭和五四年六月三日開催の各株主総会は招集権限のない者の招集に基づくものであるうえ、事実上株主全員が出席した証拠はないのであるから法律上は株主総会としての成立を認め得ず、そこでなされた役員選任決議も不存在としてその効力は否定される。

しかしながら、昭和五六年五月三一日開催の株主総会は同様に解することはできない。すなわち、前示認定の事実によれば、当該総会は一部委任状により代理人を出席させた者があつたものの、一〇名の株主全員が開催に同意して出席したものであるから、いわゆる全員出席総会としてこれを有効な株主総会と認めることができるからである(一部委任状による代理人の出席があつたことは全員出席総会と認めることのさまたげにはならない。前示の事実関係からすれば、委任状により代理人を出席させた株主は当該総会における会議の目的たる事項を承知の上その意思を代理人を通じて表明することで足りると判断して代理人を出席させたものと推認される。)。そして有効に成立した株主総会における決議である以上、前記の役員選任決議も有効と認めるべきである。

そうすると、佃勇は有効に控訴人の取締役の職についたものであり、更に前示したところからすれば、その頃佃勇は代表取締役に適法に選任されたものであることも明白である。他面、前記取締役選任決議が有効であることにより、被控訴人がそれまで有していた取締役としての権利義務を有する者としての地位は失われたことになる。かくして、佃勇が被控訴人に対し控訴人を代表してする本件訴訟は、同人の右代表取締役就任後において適法であるといえる(右就任前の段階においては、佃勇は、取締役としての権利義務を有する被控訴人に対する本件訴訟について、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律二四条一項により取締役会が定める者として控訴人を代表する権限を有していたものであることは原判決理由中「一 本案前の主張に対する判断」として説示するとおり(ただし、原判決九枚目表四行目の「取締役である」を「取締役であつた」に、同一一枚目裏三行目の「事務取締役」を「専務取締役」に各訂正する。)であるから、これを引用する。なお、佃勇が前記代表取締役就任後において控訴人を代表する権限を有するについての上記の説示が妥当しないとすると、佃勇は依然として前記法律二四条一項により取締役会が定める者として本件訴訟について控訴人を代表する権限を有するものというべきである。)。

よつて、いずれにせよ、佃勇が本件訴訟に関し控訴人を代表する権限に欠けるところはない。

第二  本案について

一  控訴人は、昭和五〇年六月、被控訴人から本件土地及び同地上の建物(以下、併せて本件土地建物という。)を賃料月額三八万円、期間を同月から昭和五一年五月三一日まで、敷金を八〇万円とする賃貸借契約を締結し、これに基づき本件土地建物の引渡を受け、また被控訴人に対し敷金八〇万円を交付したことは当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二、三号証、原審における控訴人代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第七号証の三、四、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果、原審における被控訴人本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認めることができる。

1  佃勇は前示(第一の一の3)昭和五〇年八月一一日開催の取締役会以後、控訴人の代表取締役として実質上その経営の実務に携わつていたものであるが、昭和五一年二月二三日本件賃貸借契約の件等を議案とする取締役会を開催したところ、佃勇、小川勝己、佃政弘、佃良二のほか被控訴人も出席した。

この席上、佃勇は、本社事務所及び車庫としている本件土地建物に関する本件賃貸借契約の賃料は月額三八万円であつて、収入に比し高額であるので、同年五月末日の契約更新時にこれを合意解約し、既に賃料二〇万円程度で内諾を得ている杉原勇三ほか所有の福山市引野町五丁目一五六番二の土地及び同地上建物につき賃貸借契約を締結したい旨説明したところ、被控訴人を含めて出席者全員がこれに賛成し、その旨の取締役会議事録に各自署名押印した。

2  右決議に基づき、佃勇は控訴人の代表取締役として、同年三月一二日杉原勇三及び杉原スヲとの間で前記土地及び建物を賃料月額二二万円、敷金一〇〇万円、期間を昭和五一年五月一六日から五年間として賃貸借契約を締結し、更に昭和五一年六月一日被控訴人との間で、本件賃貸借契約を控訴人の申出により解約することとし、解約については双方異議のないことを確認する旨を内容とする「確認書」を作成し、貸主として被控訴人が、借主として「控訴人代表取締役佃勇」がそれぞれ署名押印した。

3  控訴人の本件土地建物からの退去は若干遅れ、同年七月になつたので、同年六月分の賃料は約定どおり支払い、七月分は日割計算で清算し、七月一九日より前に退去し、明渡を完了した(控訴人が本件土地建物から退去していることは当事者間に争いがない。)。

以上のとおり認めることができ、原審における被控訴本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は採用しない。

三  成立に争いのない甲第八号証、原審における控訴人代表者本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、佃勇は控訴人代表取締役として、昭和五一年七月一九日付の内容証明郵便をもつて被控訴人に対し、本件賃貸借契約終了に伴い、敷金八〇万円を同月二六日までに控訴人あて返還すべき旨の催告をし、右内容証明郵便は右二六日より前に被控訴人に到達したことを認めることができる。

四  佃勇が昭和五六年五月三一日開催の株主総会の決議により有効に控訴人の取締役に選任され、その頃その代表取締役に就任したものであることは前に(第一の二)説示したとおりであるところ、当審における控訴人代表者本人尋問の結果及びこれによつて成立を認める甲第二一号証によると、佃勇が控訴人の代表者として昭和五八年三月一九日取締役会を開催し、前記取締役五名全員の賛成をもつて昭和五一年六月一日に佃勇が控訴人を代表して被控訴人との間でした本件土地建物賃貸借契約の合意解約を追認する旨決議したことを認めることができ、当審第三回口頭弁論期日(昭和五八年三月二二日)において、控訴人が被控訴人に対し右追認の意思表示をしたことは記録上明らかである。

五  以上一ないし四の事実及び第一で説示した事実に基づき、控訴人の本訴請求の当否について判断する。

1  前示のとおり、昭和五〇年五月三一日の株主総会における役員選任決議は不存在であるから、前示一ないし三の当時においては、定款に定める取締役の員数を欠く事態を生じており、商法二五八条一項の規定に従い設立時の六名が取締役の権利義務を有する者(被控訴人が代表取締役の権利義務を有する者となる。)としてその職務に当つていたものというべきである。そうすると前示二の2及び三の佃勇が控訴人を代表してした被控訴人との本件賃貸借契約の合意解約及び被控訴人に対する敷金返還の催告はいずれも無権代理行為(無権代表)といわざるを得ないが、前示四のとおり、その後佃勇が有効に控訴人の代表取締役に就任し、その後開催された取締役会において、佃勇が控訴人を代表してした本件賃貸借契約の合意解約を追認する旨が決議され(弁論の全趣旨によると、右決議は右合意解約を追認する趣旨のみならず、佃勇が右合意解約及びこれに伴う敷金返還請求のために控訴人を代表してとつた一切の法的措置を追認する趣旨を包含するものであることは明らかである。)、この追認の意思表示が被控訴人に対しなされたものである以上、その行為のなされたときに遡つて右合意解約及び催告の効果は控訴人に帰属し、被控訴人に対してその効力を生じたものというべきである。

2  のみならず、前示の事実関係に照らせば、被控訴人が本件合意解約及び敷金返還の催告に関し、佃勇が控訴人を代表する権限を有しないことを理由に敷金の返還を拒否することは信義則に反し許されないと解すべきである。

すなわち、当時被控訴人は、控訴人の取締役の権利義務を有するものとしてその経営内容を知悉していたものと推認されるところ、被控訴人も出席した昭和五一年二月二三日開催の取締役会(取締役の権利義務を有する者の会議)において、より安い賃料で他の場所を賃借できる旨の佃勇の説明を受けてこれを了承し、本件賃貸借契約を合意解約することに賛意を表して、その旨の取締役会議事録に自ら署名押印し(なお、本件賃貸借契約解約の議案に関しては、被控訴人は特別利害関係人というべきであるから、佃勇が会議を招集し議事を進行させたことは定款(甲第四号証)の規定に照して違法はない。)、更に同年六月一日には右合意解約を内容とする確認書に「控訴人代表取締役佃勇」と並べて自ら署名押印し、その後の使用料を日割計算までして清算した上本件土地建物の明渡を受けたものである。

このような事実の経過に照らせば、被控訴人は少なくとも本件賃貸借契約の合意解約に伴う事項に関しては佃勇が控訴人を代表することについて何ら異議がなかつたものと認めるのが相当であり、本件賃貸借合意解約に伴う事務がいわゆる会社の支配権の争奪とは本来関係のない極めて実務的な事項であること(取締役の権利義務を有する者の会議において、本件賃貸借合意解約のごとき事項を決議することは適法である。)を考慮すれば、被控訴人がその後になつて佃勇の代表権の欠缺を主張し、敷金の返還を拒否することは信義則に反し許されないものと判断するのを相当と考える。

3  よつて、いずれにしても控訴人の本訴請求は、敷金八〇万円及びこれに対する支払猶予期間経過後の昭和五一年七月二七日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却すべきものである。

六  以上のとおりであるから、右と異なり控訴人の本訴請求を全部棄却した原判決を右の限度で変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

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